ハラスメントにあたる行為が社内で起こらないよう、会社や個人事業主などの使用者は防止措置を採る必要があります。これは法律上の義務として課されており、法令に従い予防に向けた取り組みやハラスメント発生後の対処を進めていく必要があります。
そしてそのためには前提として「ハラスメントの定義」を知る必要があります。どのような行為がパワハラ・セクハラ・マタハラ・パタハラに該当するのか、一般用語としての理解にとどまらず法令上の定義を理解してこれを防ぎましょう。
世の中にはさまざまな「ハラスメント」があり、その言葉のバリエーションは増えてきています。
しかし企業の方が注意すべきハラスメントは、法令により防止措置等の義務が課されているハラスメントです。当記事で紹介する次のハラスメントについて考える必要があります。
「職場におけるパワーハラスメント」 |
---|
職場において、職務上の地位など職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超え、労働者に精神的身体的苦痛を与える(または職場環境を悪化させる)こと。 |
「職場におけるセクシャルハラスメント」 |
職場において行われる性的な言動により労働者の就業環境が害されること。またはその言動への対応により当該労働者が労働条件につき不利益を受けること。 |
「職場における妊娠・出産等に関するハラスメント」 |
職場において行われる、女性労働者が妊娠・出産したことに対する言動により、就業環境が害されること。 |
「職場における育児休業等に関するハラスメント」 |
職場において行われる、労働者の育児休業・介護休業その他養育や介護に関する制度の利用に関する言動により、就業環境が害されること。 |
これらハラスメントの該当性を判断するうえで共通する大事なポイントが「職場」と「労働者」の範囲です。
法令上定義されているハラスメントは「職場」での出来事です。従業員同士でトラブルになっていても、それが純粋なプライベートの時間に発生しているものであれば「職場」で起こったこととはいえず、勤め先である企業に対応義務はありません。
しかし、ここでいう「職場」の範囲は、事業所内かどうかという物理的な場所の問題に限定されないことに注意してください。
仮にリモートワーク中であっても、職場を離れて外出中であっても、業務中であるのならここでいう「職場」に該当します。また勤務時間外であっても実質上業務の延長と捉えられる状況にあればやはり「職場」と評価されます。
そこで次のシチュエーションにも十分注意してください。
なお、「職場」であるかどうかは画一的に判断されるものではなく、業務との関連性や参加の強制・任意の違いなども総合的に考慮したうえで判断されます。
「労働者」の範囲にも注目しましょう。
いわゆる正社員と呼ばれるような従業員に限られず、アルバイトや契約社員などの非正規雇用労働者もここには含まれます。
※派遣社員に関しても、派遣先は「みなし事業主」とみなされて自社で雇用する労働者と同じように防止措置を講ずる必要がある。
そのため正社員に対してのみ措置を講じたのでは不十分です。社内で働くすべての方についてハラスメント被害が起こらないようにしてください。
ここからは各種ハラスメントについて詳しく見ていきます。
まずはパワハラについてです。職場におけるパワーハラスメントの定義に当てはまるかどうかは、次の3つの要件から判断します。
各要件の意味、具体例を以下に示します。
パワハラと呼ぶには「優越的な関係に基づいて行われること」が必要です。
言い換えると、「加害行為を受けた者が抵抗・拒絶できない蓋然性が高い、といえる関係性にあること」が要件の1つとなります。
そこで次の状況にあればこの要件を満たす可能性が高いです。
言動が「業務の適正な範囲を超えていること」もパワハラとして認定するうえで重要な要件の1つです。
例えば、上司から受けた命令が業務上必要なものであった場合はこの要件を満たさず、パワハラには該当しません。
一方で、「社会通念に照らして明らかに業務上の必要性がない」といえる内容であったときはこの要件を満たし、パワハラに該当する可能性があります。
また、業務上の必要性がないとまではいえないものの、暴言・暴力を伴うなど「明らかにその言動の態様が相当ではない」といえるときにもこの要件を満たします。
3つ目の要件が「身体的・精神的な苦痛を与えられる、または就業環境を害されること」です。例えば次のような状況下でこの要件を満たします。
上記2つの要件を満たす場合でも、何ら苦痛を受けるものではなく就業環境への害もないのならパワハラには該当しなくなります。
ただし、苦痛と思うかどうかや就業環境の悪化などは被害を受けた方の感じ方にもよるものです。とはいえ人によってこの判断基準を大きく変えることも適切ではないと考えられていることから、法令上は“平均的な労働者の感じ方”を基準としています。
そのため判断に迷うこともあるかと思います。あからさまなパワハラ行為ばかりではありませんし、もし対応に悩んでいるなら弁護士に相談することをおすすめします。
パワハラにもさまざまなタイプがあり、6つの類型に大別することができます。
これらの類型から、具体的にどのような行為がパワハラに該当するのかがイメージすることができます。
暴力や傷害を使ったパワハラは「身体的攻撃」に分類することができます。殴打や足蹴り、ほかにも、物を投げつける行為も身体的攻撃に分類されるパワハラです。
暴行を一切伴わないケースでも、侮辱的な発言をしたり暴言を繰り返したりしているような場合は「精神的攻撃」に分類されるパワハラに認定されることがあります。
業務遂行の必要性を超えて長時間の叱責をする、他の従業員の前で怒鳴り続ける、性自認についての侮辱的な発言をする、などがその具体例です。
なお、面前で行われるかどうかは絶対的な基準ではなく、メールの送信によって精神的攻撃にあたるパワハラが成立することもあります。
職場内での隔離、仲間外し、無視などは「人間関係の切り離し」に分類されるパワハラの1種です。
嫌がらせで1人だけ別の場所で仕事をさせたり自宅研修をさせたり、そのほか、特定の従業員を孤立するよう仕向ける行為でもパワハラ認定を受けることはあります。
「過大な要求」をすることがパワハラにあたる例もあります。
例えば業務に関係のない作業をあえて命じたりプライベートの用事を処理させたり、もしくは十分なスキルや経験も積ませないまま高度な業績の達成を強いることなどもパワハラにあたります。
前項とは逆で、本人の働く意欲を低下させるためにあえて単純作業ばかりやらせたり、仕事を与えなかったりする行為は「過少な要求」にあたるパワハラと認定されることがあります。
従業員のプライベートでの過ごし方に立ち入り過ぎるのも「個の侵害」にあたるパワハラ行為です。そのため勤務時間外の監視がパワハラに認定されることもあります。
また、従業員の私物を撮影する行為、病歴や性的指向などの個人情報を暴露する行為なども個の侵害です。
上司による殴打はパワハラに該当する可能性が高いですが、上下関係にない者同士の単なる喧嘩で殴打があってもパワハラにはあたりません。
上司からの暴言もパワハラに該当する可能性が高いですが、社内でのルールに従わない者に強く注意したときは一概に判断できません。注意の過程で人格否定をするなど明らかに必要のない暴言があるとパワハラと認定されやすいですが、感情的に大きな声で注意をすることが常にパワハラに該当するわけではないのです。
他にも次の行為についてはパワハラに該当しない可能性が高いです。
次にセクハラ(職場におけるセクシュアルハラスメント)の定義を説明していきます。セクハラの認定において大きなポイントとなるのは「性的な言動」です。
ここでいう性的な言動とは、「性的な内容の発現や性的な行動」を広く含み、例えば次のような行為が該当します。
行為者の性別は関係ありません。同性による発言もセクハラになり得ますし、被害者の性自認なども関係ありません。また、発言者が冗談のつもりで言ったからといってセクハラに該当しなくなるものではありませんし、発言者自身の性的な体験談を話すことでも該当することはあります。
重要なのは行為者の意図ではなく、“被害を受けた方がどう感じるか”です。
ただしある程度の線引きは必要であるため、“平均的な女性労働者の感じ方”または“平均的な男性労働者の感じ方”で判断を下します。
セクハラは①対価型セクシュアルハラスメントと②環境型セクシュアルハラスメントに分けることができます。
①は、「被害者が抵抗したり拒否したりしたことによって不利益を受けるパターン」のセクハラをいい、次のような行為が該当します。
環境型セクシュアルハラスメントは「性的な言動それ自体が原因」となり職場が不快なものになってしまった場合のセクハラをいいます。
減給・降格・解雇などの措置はないものの、働きづらくなったり、能力が十分に発揮できなくなったり、就業上の支障が生じる場合に該当します。以下がその具体例です。
次に「マタハラ」と「パタハラ」の定義を説明していきます。
※マタニティハラスメント、パタニティハラスメントの略称。
マタハラ |
妊娠や出産に関しての嫌がらせで、これによって就業環境に悪影響が出ることを指す。
|
---|---|
パタハラ |
育児休業等に関わる嫌がらせのうち男性に対するもので、これによって就業環境に悪影響が出ることを指す。
|
これらをまとめて「職場における妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント」と呼びます。
なお、ここでの“育児休業等”には育児休業のほか介護休業も含まれています。そこで介護に関わるハラスメントにのみ着目して「ケアハラスメント」と呼ぶこともあります。
マタハラやパタハラには、①制度等の利用への嫌がらせ型と、②状態への嫌がらせ型の2つのタイプがあります。
例えば男女雇用機会均等法では産前休業、育児・介護休業法では育児休業などの制度が用意されており、これらを有効活用することで出産・育児等と仕事の両立を目指すことが期待されています。
しかしながらこれら制度の利用を良く思わない方もおり、制度の利用を邪魔する行動を起こしたり、妨げとなるような言葉を発したりするケースがあります。
このハラスメントが①に該当します。
具体的な言動としては、「制度の利用に対して解雇や減給などの不利益な措置を取る行為」「制度の利用を取り下げるよう求める行為」などが挙げられます。
昨今は男性が育児休業を取得するケースも増えてきましたが、「男のくせに育児で休むのか」などと発言し制度の利用を諦めさせると妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントに該当します。
妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントのもう1つのタイプが、状態への嫌がらせ型です。
こちらは制度の利用に関わる言動ではありませんが、妊娠したこと・出産により就業できなかったこと、この状態そのものを理由に嫌がらせをしたり不利益な取扱いをしたりする場合に該当します。以下がその具体例です。
「妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント」に該当しそうなケースでも、“業務上の必要性”があると評価できるときはマタハラ等に該当しません。
例えば、妊娠した従業員の体調を考慮して「作業量や作業日の調整ができる業務への変更はどうか」と意向を確認する行為はハラスメントに該当しません。他にも次の言動は“業務上の必要性”を理由にハラスメントには該当しません。
ただし、一方的な配置転換などは、仮に上の立場の者が本人のためを思ってした行為であっても、ハラスメントに該当するおそれがありますので注意が必要です。
このように、パワハラやセクハラなどもそうですが、その該当について判断が難しいシチュエーションは少なくありません。行為者にそのつもりがなくてもハラスメントと認定されることがある、と留意しておきましょう。
「ハラスメントがある会社だ」などと噂されてしまうと企業価値を下げることになってしまいますし、人材の獲得も今後難しくなってしまいます。
そこで大きな問題が起こる前に一度社内の環境を見直すことをおすすめします。その際はぜひ、ハラスメント問題や企業法務に強い専門家を頼ってください。東京、銀座には弁護士法人エースもいます。「ハラスメント対策をしたい」「最新の法令に適応したい」という企業の方はぜひご相談ください。